米流時評

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感動!テッド・ケネディの壮麗なる葬儀

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  ||| Fairwell the Last Kennedy |||

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 ボストンで行なわれたカトリック教会の壮麗な葬儀で、ケネディに最後のお別れ
 

d0123476_16582178.jpg ケネディ家と言う場合、単にKennedy Familyと言うよりも、
 よく「Kennedy Clan=ケネディ一族」という言い回しをする。
 たしかに、ケネディ3兄弟の両親、ジョーとローズの間には、
 姉妹が5人、兄弟が4人 (長兄ジョーJr.はパイロットで戦死)。
 
 父親が米国大使としてロンドン駐在の間は、
 一家そろって11人という大所帯だった。
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 カトリック信奉のアイリッシュアメリカンなので、
 産児制限をしない家系のせいもあるが、
 それよりも、戦時中の生めよ増やせよの風潮で、
 子沢山はお国への貢献という、社会的背景もあったのだろう。
 
 ケネディ家のクロニクル/年代記は、
 まるで 大戦後の米国政治史を一巡するような趣きの
 歴史の「厚みと奥行き」があるので、
 週末後半にたっぷり書く予定である。

 そういうわけで、今日は取り急ぎ、
 現在進行形のニュース記事を紹介。
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 テッド・ケネディの祖父が市長を務めたこともある
 母親の出身地であり、彼の母校ハーヴァード大学の所在地でもある
 ボストンで、米国政界の錚々たるメンバーが参列して
 カトリックの壮麗な「お葬式」が執り行われた。

 しかし、米国政治の要人がずらりと顔を揃えた、
 国葬並みの参列者も壮観だったが、
 何と言っても圧倒されたのは、その来賓が教会の左側を埋め、
 右側の席には、大型バス4台を連ねて到着した
 ケネディ一族で占められたことだ。

 たしかに、9人の子供から孫・ひ孫と末広がりに増え、
 さらに、それぞれの配偶者の家族まで参列しているのだから、
 その数は200名を下らないのだろう。
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 教会の席数の関係で、絞りに絞った列席者総数
 1500名と伝えられたので、実数はもっと多いかもしれない。

 その一族が、みな鼻筋の通った眼窩の深い
 独特の「ケネディ顔」をしているので、
 これは、どこから見ても「Clan=一族」と呼ぶほかない。

(飛行機事故で亡くなった故ジョン・ケネディ・ジュニアや
 シュワルツェネッガー夫人のマリア・シュライバーが好例。
 どちらも、テッド・ケネディの甥・姪に当たる。)
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 教会の葬儀では、テッド・ケネディの娘カーラと
 ふたりの息子、テッドJr. とパトリックが悼辞を述べた。

 特に、12才の少年期に癌にかかり、
 片足を切断せざるをえなかった長男の
 テッド2世の、父親の思い出話には
 思わずほろりどころか、大泣きしてしまった。

 東部時間とハワイとでは、夏場で6時間の時差があるので
 今朝の2時から現在お昼少し前まで、ず〜〜〜〜〜っと実況を見ている。
 そして、一瞬も飽きない展開なのが、また驚きだ。
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 まるで『アイリッシュ・ゴッドファザー』のようなイメージである。
 いや、本物の感動なので、映画以上だ。

 現在は、早逝した3人の兄が眠るアーリントン墓地まで
 ケネディの棺を乗せた霊柩車が、粛々と進んでいる。

 首都ワシントンを一望する上下両院議事堂、
 キャピタルの前を通過するのを
 1万数千人の市民が並んで待ちかねているところ。
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 ジョン・F・ケネディ記念館におかれたケネディの棺に
 最後の別れを告げる、一般公開の告別式の記帳には、
 昨日までの2日間、5万人が哀悼訪問したようである。

 私が「アメリカはすごいな」と思うのは、こうした状況である。
 誰が指示した訳でもないのに、弔意を表したい。

 いや単に、素直な尊敬と愛情の表現として、
 党派を超えたフツーの市民が、
 手づくりのサインや星条旗の小旗を持って、
 三々五々集まってくることだ。
 自分の国を本当に愛している、というのが伝わってくる。
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 今朝方は、夏場に珍しいどしゃぶりだったため、
 雨の上がった現在はひどく蒸し暑い、とレポーターが訴えるが、
 道路の両脇を埋めた群衆は、何時間も「うれしそうな笑顔で」待っている。
 テッド・ケネディが、どれだけ愛されている(いた)のか、
 この群衆の顔を見れば、一目瞭然だ。
 
 さようなら、最後のケネディ兄弟。
 Fairwell the beloved survivor!
 
【米国時間 2009年8月29日『米流時評』ysbee 】

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  AUGUST 29, 2009 | 『米 流 時 評』 |  時事評論ブログ雑誌・デイリー版  2009年8月29日号
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 テッド・ケネディの壮麗なる葬儀 第4日目 ボストンカトリック教会篇
 米国時間 2009年8月29日午後1時42分 | AP通信・ニュース速報 | 訳『米流時評』ysbee

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Family, Leaders Pay Final Tribute to Kennedy
Obama praises late senator as 'the greatest legislator of our time'
AUGUST 29, 2009 | Associated Press — BREAKING | Translation by ysbee


1. 50,000 visitors for 2-day mourning

Thousands of mourners filed past his flag-draped coffin earlier in the week when Kennedy lay in repose at the John F. Kennedy Library in Boston. Republicans and Democrats alike recalled his political career in a bipartisan evening of laughter-filled speechmaking on Friday.

2日間で5万名の弔問記帳者
ケネディの遺体を納めた棺が、今週木曜金曜の2日間、ボストンハーバーを見下ろすジョン・F・ケネディ記念館に据えられ、亡き上院議員の棺に弔意を示す一般市民が5万人以上訪問記帳した。その後、金曜の夜には彼の所属する民主党議員も対抗する共和党議員も、党派を超えた旧友が集まって、涙と笑いに満ちたケネディとの思い出話を披露した。
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 ボストンのドチェスター湾を見下ろす岬の先端にそびえる、JFK記念館のハーバービュールームに据えられた棺

2. Boston: The second home city

Massachusetts citizens kept on electing him as their Senator for almost half a century. Regarding Boston, especially, even the church had special meaning for the family. Kennedy prayed there daily several years ago during his daughter Kara's successful battle with lung cancer.
ケネディゆかりの地、ボストンの沿道
ボストンはケネディの母方の祖父が市長だったゆかりの地であり、マサチューセッツ州民は半世紀近くもの間、たとえ彼がスキャンダルの渦中で窮地に陥っても、常に変わることなく彼を支援し続けてきた第2の故郷である。
ここでは土曜に葬儀の行なわれる教会でさえ、ケネディにとってはなじみ深い場所だった。それというのも、数年前に彼の娘カーラが肺がんと闘っていた最中に、全快を祈願しによく通ったのがこの教会「Our Lady of Perpetual Help Basilica/永続する救済の聖母大聖堂」 だったからだ。
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 左:肺ガンを克服した元北アイルランド特使の娘カーラ /右:テッドが親代わりになったロバート・ケネディ2世

3. Thousands lined to say 'Thank you'

字数制限のため英文省略
数万人が「ありがとう、ケネディ」
教会へ向かう道の両側には、ケネディに最後のお別れを告げる市民が舗道を埋め、国旗の小旗を振ったり「ありがとう、ケネディ」と手書きしたサインや真っ赤なハートを掲げる者もいた。
この日のボストンは、大西洋東方海上に熱帯性低気圧ダニーが接近している影響で、外気の気温は通常よりもやや低めだったが、教会の中は席を埋めた参列者の熱気でむんむんしていた。数百年の歴史ある石造建築の教会にはエアコンが設備されておらず、教会側ではステンドグラスの窓を開けて外気を取り込んだり、扇風機を回したりして対応に大わらわだった。
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 ボストンのJFK記念館から出棺、首都ワシントンを通過しアーリントン墓地へ向う葬列に最後の別れを告げる市民

4. Vicki's final good by

字数制限のため英文省略
ヴィッキ未亡人、最後のお別れ
この日の朝、星条旗で被われたケネディの棺は、生憎の土砂降りの雨で濡れないようぴっちりと透明なビニールで巻かれ、8人の儀仗兵がしずしずと追悼式会場だったボストンのJFK記念館から搬出した。棺は黒塗りの霊柩車へと移されて、ボストン市内のカトリック教会へと向かった。
土砂降りの雨の中で傘をさして、出棺を見届けていたケネディ上院議員の未亡人ヴィクトリア(ヴィッキー)は、その瞬間静かに目を閉じて涙をこらえているようであった。
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 脳腫瘍が発見されて以来、夫の手足となって介護したケネディの2度目の妻ヴィクトリアと息子のクラン・ラクリン

5. Politicians, family, friends share the aisle

字数制限のため英文省略
聖堂の左に政界要人、右に家族と友人
病状が悪化してからも、ケネディがほとんど毎日通っていた大聖堂の伽藍の下では、司祭が7名、棺をかつぐ親族が11人、さらにその応援組が29名、それぞれの役割を担当して葬儀を進める。12名以上のケネディ家の選ばれたメンバーの手で、棺は儀仗兵の手から教会の通路へと安置される。それからひとりずつ、棺を被った布をタッチしていく、という式次第で葬儀のミサが始まった。
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 陸海空三軍の儀仗兵8名の手で霊柩車から降ろされ、大聖堂へと向かう棺を両脇で見守るケネディ家のひとびと

6. Gathering big-name celebrity friends

字数制限のため英文省略
スポーツ界ハリウッドにも広い親交
ケネディの葬儀の参列者は、招待客のみに限定されていたが、その中には全米プロバスケットボールのヒーロー、ボストンケルティックのビル・ラッセル、ハリウッドスターのジャック・ニコルソン、かつてケネディの側近を務めたこともある最高裁判事のスティーブン・ブライヤーなどの顔も見えた。
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 ケネディの交友はローマ法王からハリウッドまで広い。ジャック・ニコルソン、シュワルツェネッガーも参列

7. Attended Clinton, Bush, Carter

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クリントン、ブッシュ、カーターも参列
大聖堂の参列者の中では、オバマ、ブッシュ、クリントン、カーターと、新旧合わせて4名の大統領が、それぞれ配偶者とともに最前列に並んだ。祭壇へ向かう通路をはさんで、右側にはケネディ一族の親族とケネディの親友。左側には数百人の上下両院の新旧議員が着席したが、みな多かれ少なかれテッド・ケネディの影響と薫陶を受けた者ばかりである。
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 左:民主党のヘビーウェイト、ニュージャージー州知事コルジン、ゴア元副大統領、ケネディの親友トッド上院議員
 右:超党派の議案提出ではよくケネディと肩を組んだ、共和党の長老マケイン上院議員と43代プチ・ブッシュ


8. Almost the class of national funeral

字数制限のため英文省略
国葬並みの格調高い葬儀
国務省派遣特使として北アイルランド紛争の和平調停役を果たしたこともある、テッド・ケネディの娘カーラ・ケネディは、当時の紛争当事国双方から招待客を迎えた。アイルランドからは首相ブライアン・コーウェン、ショーン・ウッドワード国務次官、マーチン・マクギネス第一書記官、アイルランド共和党党首ゲリー・アダムス。英国からは首相夫人サラ・ブラウン……など英国とアイルランドの政界重鎮が参列した。
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 マーサズヴィニヤードで夏休みの休暇中のオバマ夫妻も駆けつけ、クリントン国務長官&元大統領夫妻と挨拶

9. Placido Domingo and Yo-Yo Ma

字数制限のため英文省略
ヨーヨーマとプラシド・ドミンゴの聖歌
大聖堂への入棺から出棺まで2時間余りの葬儀のミサは、若くして亡くなったふたりの兄、ジョンとロバートの国葬を彷彿とさせる、荘厳な葬儀だった。しかし、77才で大往生した故テッド・ケネディ上院議員の私生活を豊かに彩った思い出が随所に散りばめられ、兄たちの悲壮な葬儀とは異なる「人生を極めた者への祝福」の雰囲気が、参列した賓客の顔にもミサの内容そのものにもあふれていた。音楽ではチェロ奏者のヨーヨーマとテナー歌手のプラシド・ドミンゴ、そしてオペラ歌手のスーザン・グラハムが、優雅な調べで参列者を魅了した。
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 世界的テナー、プラシド・ドミンゴとチェロ奏者ヨーヨーマの共演 おまけにスーザン・グラハムという贅沢の極み

10. So many funerals for Kennedys

字数制限のため英文省略
ケネディ家からあまりにも多くの葬儀
土曜に行なわれた正統なカトリックの葬儀ミサは、60年代に相次いで暗殺されて亡くなった二人の兄、ジョン(愛称ジャック)とロバート(ボビー)の葬儀を思い起こさせた。1968年大統領選の予備選の期間中にロサンゼルスで暗殺されたロバート・ケネディの葬儀の際に、民衆に愛されたボビーの死を悼んで、後世に残る有名な悼辞を述べたのは、ほかならぬエドワード(テッド)・ケネディそのひとだった。
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 マリア・シュライバーの母親でテッド・ケネディの姉ユニスを亡くしたばかりの夫、サージェント・シュライバー

11. Kennedy's sons also rise

字数制限のため英文省略
テッドの遺志を継承する息子たち
テッドの二度目の妻ヴィクトリア(ヴィッキー)未亡人と、9人兄弟姉妹の中で唯一存命中の妹ジーン、ロバート・ケネディの未亡人エセルらが次々と、白い被布でおおわれた祭壇の前の棺にそっと手を置いて哀悼の意を示した。特にテデイの長男エドワード(テッド)・ケネディ2世は、棺に手を置いて父親の遺志を受け継ぐかのように、しばらくの間黙祷を捧げた。
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 プラシド・ドミンゴとヨーヨーマの賛美歌共演の後に謝意を表す、ケネディ未亡人ヴィッキーと長男のテッド2世

12. Kennedy family's moving eurogy

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3人の子供から別れの言葉
ケネディの家族を代表してまず初めに長女カーラが、聖書から「パリサイ人の手紙」第72節を朗読。続いて次男のパトリック・ケネディ下院議員が弔辞を述べた。
彼は政治家としての父親を「理想主義者で、かつ実践主義者だった/an idealist and a pragmatist」と評価した。特に民主・共和の党派を超えて、両陣営の議員から尊敬を集めた「議会統一のまとめ役」としての存在を強調したが、最後は涙ながらに「親父、愛してるよ、これからもずっと。もう今から淋しいよ」と愛息らしく結んだ。
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 左:ケネディの次男パトリックと長女カーラ /右:棺に続いて聖堂へ入場する未亡人ヴィッキーと息子のクラン

13. A life struck by great tragedies

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悲劇と難関を乗り越えた人生
続いて長男のテッド・ケネディ2世が、何十年も前の子供時代のエピソードを披露した弔辞を述べたが、父親の思い出話を聖堂の祭壇から語っているあいだ中、パトリックもすすり泣いていた。テッド2世は12才のとき癌にかかり、不運にも片足を切断するという悲劇に出逢っている。その直後のある冬の朝、前の年まではよくソリで滑って遊んだ凍った坂道へ出たものの、義足のために転んでしまった。彼はその時を思い出して語り出した。
「僕はもう前のようには歩けない、遊べない……という絶望感にうちのめされて、もうこんなことも僕にはできない……と泣き出しました。」
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 77才で大往生したテッド・ケネディの二人の息子、パトリックとテッド・ジュニア。父親の存在は偉大だった。

14. "Never give up, you can do it"

Then father told me, 'My son, there's nothing you can't do. Never give up, you can do it.' And he hold me up by his gentle and strong arms. So it took all day to reach the top of hill finally, while my father was always carefully watching. I learned that even in a profound losses, there's nothing you can't get through.'"
「諦めるな、やれば必ずできる」
「すると父は僕に向かってこう言いました。『息子よ、お前にできないなんてことはないんだよ。けっして諦めちゃいけない。必ずできるよ!』そう言って、優しくてかつ力強いあの腕で私を抱き起こしてくれました。そのあと丸一日かかって、やっと丘のてっぺんまで自分の片足でたどり着いてソリで滑り降りることが出来ました。」
「その間中、親父はずっとそばにいて、僕が片足をひきずって凍った坂道を上るのを見守っていてくれました。その経験で僕が学んだのは、いかなる絶望的な境遇にあっても、自分で克服しようとする努力を続ければ、いつか必ず乗り越えられるものだ、と言う真実です。」
  >次号へ続く
【 米国時間 2009年8月29日『米流時評』ysbee 訳 】
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 参列者ももらい泣きしたケネディの長男テッド・ジュニア、涙の弔辞を終えて祭壇から降りる際に棺にお別れのキス

d0123476_11564496.jpg◀ 次号「ケネディ家最後の兄弟、アーリントン墓地に永眠」
◀ 予告「どうなる日本?米国から見た日本の政権交代」
▶ 前号「巨星墜つ、ケネディ上院議員死す。享年77才」

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 ブログ村の国際政治部門でかなり下がりました。応援をよろしく!




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by ysbee-2 | 2009-08-29 09:50 | オバマの時代
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