ユーラシアの回廊・帝政ロシアの首飾り
ツアーとして君臨するロシアの懐柔策を逃れ親米政権に転向するユーラシアの国々
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JUNE 10, 2007 | 米 流 時 評 | ブログ雑誌『 楽 園 通 信』デイリー版
b e i r y u — y s v o i c e
||| ユーラシアの回廊・ロシアの首飾り |||
E u r a s i a n C o r r i d o r
【プーチンのG8ショック】
G8サミットでロシアのプーチンがブッシュに提案した「米国の」欧州ミサイル防衛施設の代替案。それまで米国側が計画していた「チェコにレーダー基地、ポーランドにミサイル打上基地」という東欧の予定地を根本から考え直して、アゼルバイジャンに現存するロシアのレーダー施設を共同利用しようという、前例のない思いがけない提案(unprecedent, unpredicted proposal)である。
【ヨーロッパMD計画】
たしかに宇宙開発においては、インターナショナル宇宙ステーションの共同利用など、米国とロシアの相互乗り入れプロジェクトがないことはなかったが、ミサイル防衛は学術文化ではなく冷徹な軍事活動(stone-cold military action)である。従来の常識から見て、共産主義と民主主義というイデオロギーの対極にある両国が、共同で軍事施設を利用するとは考えられない。ましてや、最近の「冷戦の復活」と取りざたされる噂の元凶となった、ヨーロッパMD計画の施設である。
【ロシアの仕掛けた罠】
常識的に観察すれば、ブッシュが「欧州のMDシールドは対ロシアではなく、イランの核ミサイル防止が目的」と主張している言い訳を、プーチンは逆手にとって「それが本当なら、対イランに最適の場所があるよ」と提言したのだろう。つまり、この提言をブッシュが袖にすれば「対イランは口実で、本来の仮想敵国は(やはり誰もが想定する通り)ロシアだったじゃないか」と指摘できる状況を作った、と見るのが妥当だろう。
▲上の写真:バルト三国ラトヴィアの建築装飾 ロシア帝政時代末期の豪華な装飾にアールデコの先駆け部分がほの見える
▶右:ロシアのサンクトペテルスブルクの秘宝エルミタージュ美術館の回廊 ロシア経済復興を象徴する豪華な宮殿を美術館として公開
【米国の東欧戦略】
プーチンの提言通り、コーカサスの高地から西はヨーロッパ全域、南は中東・中央アジア全域をカバーできるレーダー施設が即利用できるなら、確かになにもわざわざ数兆円をかけて東欧に新設することで「ロシアに背を向けEUに加盟した東欧2国を米国の傘下におく新しい冷戦ムード」を増長しなくてもいいじゃないか、という持ちかけであろう。しかし米国側にしてみたら、西欧勢力の強大な布陣になるEU加盟のポーランドとチェコというふたつの中堅国家は、戦略的に対ロシアの基地としては絶好の位置にあり、地政学的な緩衝地帯になりえる。かつては共産圏であった両国に米国自体のミサイル基地を建設できるとは、レーガン政権時代以前の誰が予測できただろうか。
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第2章 ロシア・グルジア・アゼルバイジャンの三すくみ
【ロシアとアゼルバイジャン】
しかしここで注目するべき焦点は、対米国というよりも、ロシアとアゼルバイジャンとの最近の関係である。両国の仲は最近急速に疎遠になり、この石油と天然ガスの宝庫である資源リッチの小国を手放すのは、プーチンとしては資源外交上非常に不利になる、という看過できない背景である。
【ロシアとグルジア】
アゼルバイジャンとの関係が冷めたのには直接的原因がある。アゼルバイジャンの北にあるグルジア共和国とロシアの関係悪化である。それ以前にすでに04年に親米派のサーカシビリ政権が誕生した時点から、ロシアはグルジアからの輸入制限やガス供給の停止など、親露時代とは手のひらを返したような仕打ちでグルジアを窮地に追いやった。かくして、ロシアの支配を逃れNATOへ加盟しようと画策するグルジアとの間でも対立が表面化し、昨年のクリスマス当日に、ついに200年以上駐留したロシアの軍隊はグルジアから引き上げた。
【グルジアとアゼルバイジャン】
ロシアからの燃料補給ストップで窮地に陥ったグルジアに救援の手を差し伸べたのが、グルジアの南隣にある豊富な資源を供給できるアゼルバイジャンである。親子2世代にわたってアゼルバイジャンの元首を務めるアリエフ大統領は、元々どちらもかなりな親米派で知られる。アリエフは資源に枯渇するグルジアに石油を供給するだけでなく、さらに追い打ちをかけるように、アルメニアを優遇するロシアに対し強硬手段に出た。黒海への石油輸送をストップしたのである。
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第3章 ロシアの首飾りからユーラシアの回廊へ
【ソ連解体による群小割拠】
ロシアと国境を接する過去のソ連邦自治区が、現在ではみな独立した共和国である。コーカサス地方からウラル山脈にいたる中央アジアの国々。西から挙げると、トルコの北に位置し黒海に面したグルジア、その南にイラン・トルコと国境を接するアルメニア、その東でカスピ海沿岸のアゼルバイジャン。カスピ海をわたった東岸では北から膨大な国土面積を有するカザクスタン(国名は英語読み)、その南にトルクメニスタン、両国の中間に挟まれたウズベクスタン、その東にタジキスタン、キルギスタンと連なっている。
【中央アジアの第2革命】
特に、この国名の末尾に「スタン」とつく国々すべてで、一昨年クーデタに近い政権交代が行われたのは記憶に新しい。まるで中央アジアの高原に放たれた野火のように、この旧体制からの脱出を試みる民主化運動は、あっという間に伝播した。背景には、ロシアに搾取されるがままで利権をむさぼっていた自国の政府高官に対し、一部の軍人と重税にあえぐ国民が結束して蜂起したというのが、これら一連の「スタンの国々」に共通した図式であった。しかし、主張するスローガンと蜂起の戦術があまりにも酷似していたので、一説では民主化を焚き付けて脱ロシアをうながす米国CIAの工作だろうというのが、この地域に精通した評論家の分析であった。ことの真偽はいまだに解明されていないが、少なくとも以前よりは親米的な民主化政権が誕生したことだけは確かである。
【ユーラシアの回廊】
またロシアとヨーロッパとの回廊部分にあたるのは、北端のバルト三国;エストニア、ラトヴィア、リトワニア、その南にベラルス、ウクライナ、モルドバと続いている。東欧と接する回廊部分の国々は、ここ数年ですべてEUとNATOに加盟、あるいは参加を希望している。連盟国になったが最後、再びロシアに帰依することはありえないだろう。そうした意味合いでは、EUは共産主義国家から脱退を表明する踏み絵である。
【EUとNATOへの転向】
またかつて「ロシアの首飾り」と呼ばれた旧ソ連圏の小国たちは、その個々の宝石をつないでいた共産主義という一本の赤い糸が切れると同時に、ユーラシアの宝石箱の中にバラバラになって転がった。それを再び寄せ集めて繋いで行けば、NATOというヨーロッパ防衛のロザリオが2連になるだろう。旧ソ連圏諸国のNATO加盟は、宗教で言えば無神論者からカソリックに改宗するような極端な「軍事的転向」である。なぜならどの国でも、精神的にもっとも保守的なのは軍人であり、軍隊とは制度的に短期の変更を実現しにくい機構だからである。したがって、モスクワの軍事体制に組み敷かれていた各国の軍部司令官がNATO体質を受け入れるというのは、ロシアに対して余程の反感が積み重なっていた裏付けに他ならない。
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第4章 資源外交と侵略戦争
【ロシアの資源外交】
ロシア自体天然資源は豊かであるが、EU諸国やインド・中国という巨大消費市場を相手にするとき、従来は旧ソ連圏であったカスピ海沿岸の石油ガス産出国の輸出燃料をあてにせざるを得ない。したがって主要供給源であるバクー油田を擁するアゼルバイジャンに縁を切られたら、石油輸送で巨大な利益を上げロシア経済の基幹となっている「トランスネフツ」という国策企業の資金源が激減することになる。そうなるとますます原油供給源の国イランとの絆が強くなるだろう。
昨年そのイランとロシアの中間に位置するカザクスタンが突如脚光を浴びたのは、何も映画『Borat』のおかげばかりではない。イランからの石油輸送においてパイプラインの重要な中継地になるからである。米国もカザク優遇に必死で、おかげで現実的に観光の対象にはならないであろうカザクスタンのCMが、カザク首相が訪米中に頻繁にTV画面に流れた。
【米国の資源侵略戦争】
そもそも最近の世界情勢は、イデオロギーで割り切れる状況ではない。むしろ国家のパワーはその背景に資源を有しているか否かで評価され、その資源を販売する企業体として国家が存在すると見た方が判りやすい場合が多い。イデオロギーは、その資源侵略をカモフラージュする販売促進のコンセプトに過ぎなくなってきている。「人類は利権をめぐって闘争を繰り返す経済学的動物である」と言うと、まるで前世紀の遺物の経済論になりそうだが、少なくともエネルギー資源をめぐる抗争を見る限りで、この論は一概に古いと一蹴できない。
そもそもアフガン戦争は、ペルシャ湾を経由せずにバクー油田から直接パイプラインを引いて来れる、中央アジアの死線を確保する戦略だったのであり、イラク戦争にいたってはそのものずばり、北部のクルド地区の油田が目当てであったことは、今では米国なら小学生でも知っている。
【ブッシュの石油王国】
国策としての石油資源争奪戦争。そう捉えると、なぜブッシュ政権が膨大な費用と多大な米軍戦死者を出してまで、イラクに拘泥し続けるかが理解できるだろう。しかし、米国内の石油価格はサダム政権陥落後もうなぎ昇り。今年に入って、ついには1ガロン当たり4ドルに届きそうなほどの高騰を続けている。ブッシュ政権の人気が地に落ちた理由は、もちろんホワイトハウス関連の山積する不祥事とイラク戦争の失敗によるところが大半である。
しかしもし石油価格が、大半の国民が期待した通りにサダム討伐後に目に見えて下落していたら、はたして今日ほどの不評をかこっていただろうか。多分2割ほどの歯止めは利いたのではないかと思われる。ブッシュは国益のためではなく、献金企業の主幹である石油関連企業の利益のために(あるいはサウジアラビアの市場寡占のために)戦争を起こした、と捉えているのは、何もリベラルの左派だけではなくなってきている。
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第5章 ユーラシアの長い暑い夏
【ロシアとウクライナ】
以上80年代後半にモスクワの腐敗したクレムリン政権がついに崩壊しソビエト連邦が解体して以来の、ロシア周辺諸国「ユーラシアの回廊」の現状を、つむじ風のように一瞬にではあるが巡回してきた。このレジオンは大きな流れとして、政治的には民主主義化、文化的には欧米化へと傾いているが、その速度にセーブをかけているのが、従来石油・ガス供給で継続してきたロシアとの資源的絆である。だからこそこの地域でも、エネルギーを司るものが覇権の座につけるのだ。そうした背景を理解すると、ここ半年のロシアの強硬な態度と、一転して敵陣(米国)のミサイル防衛基地に自国所有の施設を貸し出すと言う、突然の解凍現象の謎が氷解するだろう。
【ユーラシア夏の旅】
ご明察、ロシアは手塩にかけたアゼルバイジャンを手放したくない一心で、米国に嫁に出したと見るのが妥当だろう。秘められた持参金、石油とガスの利権をたずさえて嫁入りした先で、最後に発言権を持つのは、果たして養父のロシアだろうか、それとも姑のアメリカだろうか。
G8を観察していた私には、資源産出国との直接交渉を虎視眈々とねらうフランスのサルコジが視界に入ってきた。このEUの新しいリーダーを目指す大統領は、同じく欧州のトップを目指すドイツのメルケル首相同様、ロシアと米国が角突きあわせて冷戦の序幕を演じている間に、こうしたユーラシアの回廊諸国と直接交渉を取り結んで、フランス経済を立て直しその優位を確実なものにしていこうと、すでに戦闘を開始しているように思えてならない。この夏の各国首脳の動きは、辣腕営業マンが新しい契約を取って回るような目まぐるしい外交のビジネスツアーになることが、今から予想される6月の晴天である。
【米国時間 2007年6月10日 『米流時評』ysbee記】
▶ユーラシア情報の参考サイト:EURASIANET.ORG
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by ysbee-2
| 2007-06-10 16:24
| ユーラシアの回廊