米流時評 米大統領選の先読み・共和党編


史上初の女性・黒人・ヒスパニック・モルモン教徒・牧師・捕虜候補


民主主義国家の旗手であるはずのアメリカで、いまだに女性元首、黒人大統領が出現したためしがない史実は、この国のポリティカル・アンビバレンツ=政治的二律背反を象徴しているようでもある。進取的なようで、いまだにキリスト教的戒律が立法に優先する自己欺瞞。選挙のたびにこうした米国特有の矛盾が浮き彫りにされるので、この国の影も日なたも理解したいと望む向きには、大統領選は格好の分析資料となる。特に、州ごとに国が違うと思われるほどのキャラクターの豊かな州民性の違い。やはり米国はその名の通り「ユナイテッド・ステーツ」なのだなぁと、あらためて納得させられる奥行きの深い国である。

2. 「米国史上初」候補のラインナップ
なにしろアメリカ人は、史上初・史上最大・史上最高・最低の「The Most Ever in History」に弱い。ギネスブックに残る方が歴史の教科書に載るよりも誇らしいと見える。さらには「米国初のモルモン教候補」ミット・ロムニー。「米国初のエバンジェリカン派牧師候補」マイク・ハッカビー。このふたりの間では「堕胎」と「同性愛」という米国特有の性のタブーにかかわる宗教論争がひっきりなしで、本来の政策論争に戻ってほしいと思うことがしばしば。おまけに「米国初の産婦人科医候補」ロン・ポールと、「米国初のベトナム戦捕虜候補」ジョン・マケインまでいる。

3. サウスカロライナ、ネバダ、ミシガン州へ
これまで一覧してきた中で「最終的に残るのは誰か」と聴かれたら、11月の結果予想はまだ立てられないが、来週の各州での予備選なら読める。首位の三人が首の差で抜きつ抜かれつである。あえて順をつけるならば、マケイン、ハッカビー、ロムニーだろうか。中西部のごくごく平凡な農民州アイオワから、東部「マイナー」イスタブリッシュメントのニューハンプシャー州を経て、来週は保守的南部を代表するサウスカロライナ州と、ヒスパニック=ラティーノ=メキシカン人口の多いマイノリティステーツ、ネバダ州へと舞台が移る。イリノイ州と並んで堅実な傾向で知られる中西部を代表するミシガン州の予備選も近い。各候補の間近に迫った各州予備選でのポイントをチェックした上でサイを投げてみよう。

4. 元ニューヨーク名市長ルディ・ジュリアーニ
最初に消去法で、フタを開ける前から首位は無理と思われる人選を。昨年まで共和党のトップランナーだったジュリアーニは、緒戦のアイオワ、ニューハンプシャー両州を投げたために最下位に近い成績を残した。いかに少数区であっても州は州。果たして大統領候補たる者、どの州にも差別なく考慮にいれなければならないと思うのだが。
図らずも私見に大いにempowerする意見が一昨日のCNN『ラリー・キング・ライブ』のゲストの口から出た。彼女の名はスージー・オーマン。一介の街場のウェートレスから独学で身を起こし、現在はトップクラスのファイナンシャルタレントとしてテレビでひっぱりだこの経済アナリストである。彼女がラリー・キングに、ジュリアーニの勝利の可能性について聴かれたときの答えはこうだ。「Listen, the United States is the country existing in between New York and L.A.」「アメリカの本体はニューヨークとロサンゼルスの間(の田舎)にある。(都会は目じゃない)」
確かにそうだよなぁ、と膝を打った。小さな田舎町ほど、アメリカの本質を象徴しているのである。棄民政策ならぬ「棄州」作戦は、経済偏重の効率主義者としてローカルには嫌われるだろう。地方をなめてはいけない、特にアメリカでは。

5. 革命的老人ロン・ポール
民主党も真っ青の過激な経済改革案をひっさげてネット世代の若者から圧倒的支持を受けるロン・ポール下院議員。サイトでの運動資金募金活動で一夜で6ミリオンドルという記録を達成し、一躍全米の耳目を集めた。「連邦銀行の解体」など、いまだかつて誰も口にしなかったあまりにも過激な経済政策を提案しているので、一種のリボルーショニスト=革命的候補と位置づけられ、大学生を中心とする一部の若者から熱狂的支持を集めている。彼の主張を良く読めば逐一圧倒されるほどの正論なのだが、あまりにもドラスチックな変革提案なので、Status Quo=現状維持の保守派が多い共和党の有権者からは敬遠されるだろう。何しろオバマよりも左寄りなのだから。

6. 一勝一敗のマケイン対ハッカビー
共和党候補の首位と見られる三者の中でもアイオワ初戦を飾ったマイク・ハッカビーとニューハンプシャーで雪辱を果たしたジョン・マケインについては、すでに紹介した記事で多少触れてきた。特に全米の注目を集めたのは、選挙戦でいきなりベースギターをかき鳴らして登場したマイク・ハッカビー前アーカーンソー州知事。出身がエバンジェリカン派の牧師なので、ソフト戦略で抹香臭さ(正確に言えばローソク臭さ)を消そうとしたのだろう。「所得税廃止・消費税徹底」を売り物にする税制改革を主調とする経済論にも強く、この意外性を打ち出す戦略が当って、初戦のアイオワで優勢と見られたロムニー、マケイン両候補を蹴って大勝した。
続くニューハンプシャーの予備選では、宗教臭さを嫌う州民の票はマケインに流れて首位を奪われたが、次に控えるエバンジェリカン派の多いサウスカロライナ州では、逆に有利な展開が予測されている。米国では宗教と政治は切っても切れない仲にある。特に保守派の共和党にあっては。

7. ミット・ロムニーとユダヤ系モルモン教徒
「史上初のモルモン教候補」ミット・ロムニーは、常識的なモルモン教徒のイメージをあらゆる意味で打ち破る人物である。大学こそモルモン教の大本殿ブリガム・ヤング大卒業だが、その後国際ビジネスの名門校ハーヴァード大ビジネススクールを専修、バリバリのインターナショナルビジネスマンとしての実績を投資会社の経営者として築いてきた政界には異色の人物である。もっとも彼の父親は、40年代にミシガン州の名知事として鳴らした人物であるから、やはり血は争えない。

共和党のライバル候補として対立するロムニーとマケイン。この写真はそうした因縁を象徴する意味で興味深い。
8. 異質・異端のビジネスマン、ロムニー
ロムニー自身もユタ州ソルトレイクのオリンピックプロデューサーとして大成功を収めた後、マサチューセッツ州の州知事として数年間自治体行政を経験してきた。「ワシントン政界に新風を」を旗印に、既存のキリスト教右派やネオコン系タカ派とは距離をへだてた立場を売り物にする。
この戦略は予備選開幕前までは、対マケイン攻略には有効だったが、伏兵のハッカビーに共和党穏健派の票を奪われ、アイオワ、ニューハンプシャーともに2位に甘んじた。当人は「銀メダル2つ獲得」と表現したものの、次に予備選が控える父親の地盤を受け継ぐミシガン州でトップを奪回できなければ、今後は苦戦を強いられるだろう。

9. サウスカロライナ州とネバダ州予測
宗教色の濃い保守的南部サウスカロライナ州:
ハッカビー/マケイン/ロムニーの順。戦争肯定のタカ派共和党が多く、ニュハンプシャー勝利の追い風に乗ったマケインが有力だが、エバンジェリカン派も強く同じ南部出身の強みでハッカビーが優位に。ここでも都会派のジウリアーニは苦戦する。
進取の気性の強い南西部ネバダ州:
マケイン/ハッカビー/ロムニーの順。マケインはネバダの隣のアリゾナ州選出なので、地盤のコネを生かした票田を持つ。ロムニーのスマート過ぎる演説と物腰は、ローカル色の強い州ではすべて裏目に出ていて損。ハッカビーが強力な援護射撃を大物からもらわない限り、マケインがトップになる可能性大。

10. 最後の切札「第三の男」ブルンバーグ
カリフォルニア、マイアミ、ニューヨーク州と人口の多い都会型の票田で万一ジウリアーニが得票を伸ばせない場合には、共和党の最後の切札として現ニューヨーク市長で成功しているマイケル・ブルンバーグが出馬を噂されている。彼は万一最終選考の指名で残った共和党候補(マケイン?)が民主党候補(オバマ?)に勝ち目がなさそうな場合に、無党派票吸収と民主党穏健派の切り崩しを狙って、無所属の第三候補として立候補するかもしれないとも分析できる。ニューヨーク市長として都市型自治体行政に成功を重ねているブルンバーグ、現在までは出馬は否定しているものの、選挙は水物、共和党が窮に瀕すれば助っ人で駆けつけるのは間違いないと予測されている。
【米国時間 2008年1月12日 Analyzed by 『米流時評』ysbee】
»» 次号「シリア核施設再建設発覚とホルムズ海峡事件の謎を解く」へ続く


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by ysbee-2
| 2008-01-12 12:27
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